38歳未満の思想
生きる目的は何か、僕はないだろーと思う派である。
まっさらで生まれてくる。
神様が決めた目的はなくても、その時その時で何か夢中になることを追いかけていたちなー、みたいなー
(ペトロニウスさんが、人生楽しく生きるには、目的か(とだったけな)仲間が必要と書いていていたのが引っ掛かっている)
うーん、チキリン殿が38歳になったら詰む、と書いていたような、まだ自分の可能性が捨てきれない秋津君です。
でも、と引っかかるのが、若い世代に期待する、希望を託すことである。
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自分でも不思議だったけど、ま、自分もいい思いしたし、おめーらにもさせてやるよっぽい気持ちが生じたの。
小学生の前でしゃべって、利発そうな子がいた。
この田舎で利発であっても、外に出たら通用しないかんな―とは思って、将来壁にぶつかるんだろうなーでも、1番じゃなくても楽しく生きることはできるからなー
と、20代のころは、おめーも詰まんない大人になるんだよーと思っていたんすけど、その詰まんなさの中でもいろいろ山谷有るし、それを潜り抜けたときは、「一人前の男子」になるのが眩しかったというか、ま、それって楽しいことだよ、僕は応援するから、と思ったというか。
まあ、自分が「一人前の男子」かというと、40までは惑うから許してってな感じであるけどさ。
ユウタロスさんが子どもが出来るってことはゴーイングゴーサーン(って何?)と言ったような、未来に責任ができるってことを言っていたような、
未来を大切に思う気持ちって、生きる意欲になるというんだが、と言うか、希望って何だろう?
別に不幸そうな人が不幸とは思わない。
生きるだけで必死にならないといけない、必死さが眩しいというか、人生を投げないことは尊い。
人生を投げないことと希望とは、関係がないような、でもやっぱり希望がないと、無責任になってしまうんだろうか。
同世代をけなす橋本治は、バブル期には団塊ジュニアに期待し、今は団塊の孫を啓蒙している(のか?買ったけど読んでないというか買ってもいないというか)
希望とここではないどこかってイコールであるか?
僕は、ここではないどこか、に生きているような生きていないような、明日はきっとよくなると漠然と思っているような、ミサイルが飛んでくるような、(終末思想だな)、
ここ、リアルはきつい。何に仮託して、ほっとする瞬間があるのか、そんな瞬間がない人生があったらきついなと思う。
僕は病気になったら手帳に今日することを書いて、目的と実行の落差を作って、何もない日々に段差を創ろうと思っているんだが、
目的=リアルではない希望になるんだろうか?
finalventさんのクリスマスストーリーで、アクアリウムを託される話が好きである。
壊すことのできる、でも壊さないという信頼のある「関係」。
信頼があるってことは「関係」があるってことだろうか、希望を持つことのできる「関係」がある。
希望を託せる「大事な」人がいることは、「大事なもの」のある人生は貧しくはないというか、必死に守るものがあるというか、次につなぐことを目的とする、
大勢の中の一人であることは孤独を免れ「大勢」であることの安寧を得る。
「未来」ってなんなんだろう?