やり過ぎない歯止め
やり過ぎない歯止めをジーと考えている。
- 作者: 秋田禎信,草河遊也
- 出版社/メーカー: ティー・オーエンタテインメント
- 発売日: 2014/05/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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持てる力があるのに、使わねーのか、スゲーなと思ったら、
「自制心と言われると据わりが悪いですけどね。わたしはものの値段と自分の懐具合をわきまえているだけです」
「……というと?」
「自分のものにしても許されるかな、というものだけを拝借しているんですよ。過ぎたものには手を出さない。身の丈がとどくなら我慢もしない」
後ろのほうで力を使っていました。ダメじゃん。
が、この文章ではっきりわかったこともある。
一つ目は選択するかどうかは「自分の」頭の中の計算機次第で人によって気まぐれに変わる点だ。
絶対権力は絶対に腐敗するってこういうことなのね。
既得権益を当たり目のものと思ったらあかん。
2つ目は選択の結果が今の自分の状況と違って良くなるならば、誘惑が強い点だ。
私は以前、先進国が豊かになる選択を放棄するならば発展途上国が豊かになるというような記事で、自分から選択肢を放棄するのならありだが、他人から強制されて放棄されるなら反発する。
自分から放棄するのなら、その選択の結果が自分にとってあまり意味のないもの(最初から豊かであるので、貧しさに対する恐怖がない、というか、選択肢が生まれた時からあるのでありがたみがわからない)でないといけない、とかいたような、いや、当たり前の結論なんだけど。
それで、あまりにもあっさりした結論ですが、「なんらかの不安状態」を抱えた人間は、「勝つ」という過剰がなければおさまらないということではないかと、私は勝手に考えます。
微妙に橋本治のいうことと被るような被らないような(被らないよ)。
ベストを求めない、足るを知る、とかとも書いたけど、が、オーフェンは最後まで元主人公らしく、控えめに頑張ってました。
「父さんの戦いって、そういうことなんでしょう!?できることとできないことのギリギリの境で……この世界を自分が支配しないためにすべてをかけて踏みとどまってきて、それが表に出たら、あなたなんて言った?ギロチン送り?よく言えたわね!」
既得権益を当たり前のものとして考えないって、既得権益は既得権益でない。
やっとのことで勝ち取ったものを守ろうとして、守り切れるか必死で泳いで、しかし、それは他人にとっては取り分多すぎになる。
オーフェンの全体の構造として、安定したら世界の破滅が来るっぽくしてあるが、安定したって、当の本人たちにとっては薄氷の勝利を積み重ねただけである。
うーん、サルア市長の歯止めとして、議会が残ったって、歯止めは利益相反の人に任せたほうがいいのかって、
大きな一つの権力よりも小団体の乱立のほうが安定するってロードス島戦記だよなー
ローマ人の物語も読まないと広がりがないよなー
利益ならみんなで分け合える。が、責任は誰ひとり引き受けない。そんな単純な原理を忘れた。
僕はまだ責任のない平なので、責任のとれない判断を強いられる苦悩とかよく分からないし、ととりあえず出社の時間なのでここまで。
この2週間は平日更新はかなり意識的に時間を取らないと無理な年末進行に入りました。