うさぎとマツコの往復書簡
- 作者: 中村うさぎ,マツコ・デラックス
- 出版社/メーカー: 毎日新聞社
- 発売日: 2010/11/06
- メディア: 単行本
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中村うさぎの極道くんシリーズは私の青春の書だ。極道くんで書かれた言葉のいくつかは私の考える課題となっている。
とはいえ、エッセイの方は全く読んでいなかったのだが、読んで、これ、手元に置くべきか?(借りた本)
多くの示唆を得た。(マツコより断然読み応えのある)
だけどね、私は「人間がナルシズムに目を眩まされず、どこまで客観性に近い自意識を持てるか」という問題に、本気で、己の身を持って取り組みたいと思っているのよ
幸せになる条件って、「主観」という醒めない夢の楽園にどれだけ安住していられるかってことだと思う
で、五十歳にしてようやく地獄から這い出たと思ったら、そこには天国なんかなくて、砂漠が広がっているだけだった。愕然としながら振り返ってみると、さっき命からがら抜け出して来た煮えたぎる地獄のマグマの真ん中に、キラキラと輝く天国があるのを見つけた。
本当の自分がどこかに隠れていて、その自分が自他に承認されてこそ、「これが私の人生!」と胸を張れる充実した人生が完成する……という幻想が、私の中にはずっとあった。
私の生きてきた意味を教えてほしいの。そう、「価値」じゃなくて「意味」なのよ。(略)
自分の人生に意味を与えていくのは自分自身だと思ってたけど、私、本当はずっと神様に「意味」を与えて欲しかったのね……。
そうね。私たちは魂を売って、金を稼ぎ、おまんま食わせてもらってるわ。でもそれのどこが悪いの?(略)
魂のない言葉なんか、何の価値もないと思っているから
あんたが休んでいた間、私は思いつくままにズラズラと「私という存在と、世界との繋がり」について書いてきたわ。
私たちは一人ぼっちでは生きていけず、何らかの形で他者と繋がり、世界と繋がりたいと願っている。そう、自己満足とか自己充足だけでは生きていけないのよ
私は、生きる意味について考えている。生きる意味というかアイデンティティを何で形成するのか。
(することとなることは、内村鑑三の言葉を伝えた七平の書籍に有ったのね)
他者を介在せずに形成できるかできないかというところで、ニーチェなのか、と最近ぶつぶつ言っているのだが、うさぎ殿はニーチェ否定派か。
カントも絶対善だったような、自分のモノサシを作るのは無理なのか、どうか。
主観で幸せになれるのなら、十分有りなようにも思う。
主観で幸せになれそうでも、客観が邪魔をする、だな、私の立場だと。
その辺、価値に重きを置いていたうさぎ殿とは立ち位置が異なる。
しかし、「客観」は私の辞書にはなかったので、書き加えて何かが醸成されるのを待とうっと。
うさぎ殿、ここでの書き抜きはまだ面白い観点を省略していて、なんか発想がさすが作家なのである。
エッセイ買い集めても面白そうな雰囲気がビンビンした(けど、外れも多そうだな)