傲慢と自省
青のエクソシストで、主人公が傲慢と言われていて、僕の心に残って、というか、辞書に「傲慢」の字が刻まれたというか、限界を知らないことは、万能感、可能性に溢れる若さっていいなぁだが、さてさてな午前4時。
いつにもまして論旨が乱れるよ。
悪を為す自覚って、どれほどストッパーになるんだろう?
どのような罵詈雑言を受けても、それを返したことはない―否、この言い訳は成り立たないのです。すべての人はこう言い訳をするでしょうが、問われていることは「『愛』をもって語ったか」ということだけでしょうから―。
そのとき人に言える言葉は一つしかありません。「主よ、赦したまえ」と。
- 作者: 山本七平
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七平やんは、義や真を口にするとき、赦しを乞う、つまりは、「必ず」愛がないと考えたのか。
それはどうしようもないことで、赦しを乞う、悪を行う自覚を持てと。
余談ですが、秋津君は、能力のリミッターを外したい欲望がある。
秋津は素直と言われたこともあるんですが、自分の正しさを信じていないんス。
人の意見に従う傾向にあります。
前の職場で、営業もどきで一番会議報告を書いていたのは僕なんす。
仕事ができない子だったのにというか、引継ぎもできないだろっつーので、課長がペーパー重視の人だったし、でも、毎週、2〜4回会があって、資料作成、で辺境の地だったので、移動に半日かかるのもざら、そのうえ、報告書書いて3,4回書き直し喰らったら、肝心の営業の時間が取れなくて本末転倒で、残業月80時間以上って、たぶん、報告書書くのやめたら、かなり楽になったはず。
実際、顧客回りに集中して、書かない主義の人もいたし。
書かないでよかったのに、と今年愚痴っていたら、書いたほうが良かったとは言われたりもしたけど、人の言うことに耳を傾けすぎる、自分の方針でこれだって、やってみたし。
これって、中年は言うことを聞かないってやつだよね、と思いつつ。
愛されるおじさん、おばさんなんて有り得なーい、という結論に達したおいらとしては、自分勝手にやってみたいのにこけたい気はする傲慢さである。
で、この、人の言うことに惑わされるおいらなのであり、私には真理は分からないというか、誰がどうやっても、正しかったと後から振り返っても分からないことが普通であり、
別に人の言うことを聞いてもいいかと思ったりもする、、、秋津君のいいところだよなーはぁ。
神に赦しを乞う。
悪を行う自覚があれば、まだしも自省心があり、方向転換しやすく過ちの大きさも小さくて済むだろうか?
正義を為さないのも逃げであり、覚悟を決めて、悪と知りつつ正義を為す、泥をかぶる根性を見せないといけないおじさんかなっと。
(むむ、上手く転がらなかった)