生きる意味(5)

前回のまとめ:
人類規模の有益な希少さを生きる意味とするのと、家族を持って身の丈に合った生き方を追求して生まれる生きる意味は関係を取り持つ人がいるで等しい。

がしかし、関係を取り持つというのとはみ出す点で、


庶民の生き方を貫こうとすれば、社会とぶつかるときもあるだろう。

橋本治は世間は自分を傷つこうとしている力で一杯だと人生相談で言って言ったようなないっていなかったような、(いじめの項)

その時、損を承知で生き方を貫こうとしたら、その生き方はその人にとって大事な意味である。

というのが、finalventさんにとって、市民であるということなのではないだろうかと仮定している。

で、そこでムズイのが、欺瞞、で、自分の言うことに頑なになりすぎていないか、っつーのである。

自分が今貫き通したいもの、というと固くなるし、もちっとずらして、今ずっとしたい楽しいことまで柔らかくすると、楽しいことがずっと楽しいことと限らず、飽きたりして、つまんなくなるときもある。

そんなころころ変わる、「自分」を基準に世間に対して生き様を貫く危険性もある。

もっとも、

3月のライオン (1) (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン (1) (ヤングアニマルコミックス)

見たく、貫き通して、涙するものもあるけどそれは置いておいて。(マジ俺泣いた)

楽しいことをするために人生はあって、コロコロ変わるなりに追及する、それも生き様だろう。

自分に正直に生きる。

(おお、みやびさん元気しとるやん)

じゃなくてこっちか

人間の欲望に従って生きることを推奨する暗黒新ファラリスと言っても、他人との関係性を大事さに自分の欲望を押さえるというのが欲望になったりして、

とトイレに行ったら何書いているか分からなくなって、

まあ、自分の生き様を貫こうとして世間とぶつかって、その世間を悪く思う心が目覚めて責めたなら、ルサンチマン、ではないかと、ニーチェも読まずに思うわけだがっと、

出勤時間になったのでまた今度。