目標と妄想の違い

ペトロニウスさんが文脈を話しあう人で共有するのが大事と言っていたような、

でも、それはわざわざ書かなくたって分かるよねーと言いたくなるけど、

finalventさん、それは、ちょっと分かんねーっす、みたいなことは多くて、

([風立ちぬ」で少年の夢について極東ブログで語っていた、と、

あーそれはあそこにそれを代入すれば言えないこともないかなと思ったけど、一見さんで察せよというのは無理だな)

理想とは妄想であるか、目標と妄想は違うのかってなことはわざわざ書くまでもないと思ったけど一応注釈。

5%売上を上げようと思ったら、今までの延長でなんとかなるけど、3割上げようと思ったら仕組みを変えなければならぬ、だったか、

仕組みを変えようと思った時点では上手くいくかどうか不明で、でもやるっきゃない。

先のことが見通せる人はいない、未来は未知なわけです。

絶対達成できる目標なんてなく、自分でできると思って、今と変えていく。

目標も、妄想も、変化を初める前では達成見込みがわからない点で、一緒ではないか。

理想を持って、現状を変えていくのに頭を絞る、諦めたら、現状維持。

変えようとして今より悪くなる可能性もあるけど、変えなくても悪化する可能性はある。

私、行動年齢19歳でした。変えて悪化する方を選びます。

ちなみにほぼクレイジーでした。

職場で「言葉を使わないで考えることってありますよね」と同意を求めたら、「何それ」と言われたのである。

スラムダンクで勘とは経験であると書かれていて、自分の考えはパッと何か判断するんだけど、

瞬間的に浮かびすぎて言語野に転換されない時ってないっすか?

話していて自分で自覚できないので、話が噛み合わないときがあるっていうか、

落ち着いていたら、あの感じは自分は・・・という点から☓☓と考えたのか、と解読できるんだけどというか、

小学生の時いた飲み込みの悪い子は、言語に転換するのが苦手だったんだろうな、と想像するというか、

いいんだけど。