千住家にストラディヴァリウスが来た日

千住家にストラディヴァリウスが来た日 (新潮文庫)

千住家にストラディヴァリウスが来た日 (新潮文庫)

バイオリンは高いものじゃないといい音が出ない。

ストラディバリウスは最高峰のもので、億の単位かかる。

というか、オークションに出たら数十億かかるそうだ。

在処をたまたま聞きつけ、手に入れるまでの熱い夏(というか2ヶ月もないような)。

芸術とは全く関係ない人には想像できない世界を知ることは楽しい。

表現できることと、食べることは違い、何かを得るためには捨てなければいけないものがあるのだろうか?


ブログを5年続けて、最近感想が少ないのは、本のトピックスを選んで、3行コメントを入れるのに飽きたこともある。

トピックスを選ぶセンスに私の個性が出るとは思うが、時間の無駄っぽい気もした。

文章を書くには人の心を動かすことが必要なのだろうか。

金を落とすぐらい好んでくれる人がいなければ、表現で食っていくことはできない「ましろのおと」問題はあるが、パンピーには、書いて自分の考えがはっきりすることが好きだ。

いつも感心するだけでは飽きる。

感想に今まで私が知った知識で比較することができれば、また深まるんだろうというところで


日本人の音楽家には世界の壁があるとテレビ放送でしていて、小さいころから音楽の世界だけしか知らないと広がりがないと。

一流になるにはいつもと違うことを感知できる勘を手に入れる経験が必要だが、そこから新しい視点を手に入れるには、専門分野に別の視点を入れることが必要で専門バカの壁はある。

千住真理子さんは経験したことを演奏に活かすことができるらしい。

一方で、この本刊行当時40で結婚はしていなく、経験が足らないような気もする。

それで深みが出るのかと思うが、バイオリンを手に入れるためのアップダウンがお母さんの手で書かれると、音楽家は音楽家なりの苦労があって、芸の肥やしになることが分かる。

手に入れるまでが、興奮冷めやらぬ熱い感じで伝わってきた。

新しい視点を手に入れることは、一体何を捨て打ち込むことで手に入れることができるのか。

何を捨てればいいのかが分かっていれば、みんな真似をするので価値がない。

ま、本を読むと世界が広がり視野が広がる。

この本は自分の知らない世界が広がる良本ですが、感想を書くのに犠牲にした勉強時間は、考えまい。

二足のわらじも難しいです。


(追記)
キッズステーション偽物語が放送開始なので、見ることにして、ついでに追記。

20文ぐらい削ってるので、繋がらなくなっている。

<書き直し版>をするべきかどうか。