人生
氷川清話は母方の祖母の実家から引っ張ってきたものである。
土曜日にそれをぺらぺらとみていた母が、後ろのページを見ると「これ、私の字だ」
S53.×.×晴れと書かれていたのである。
それって同じくサルベージした森有正の「いかに生きるか」にも書かれた字じゃないですか。
S53というと、母は大学を出た直後である。
母は、団塊の少しあと、ベントさんより年上なのだが、国立大学を出ている。
つーか、中高一貫の私立出である。
男女雇用機会均等法の前なのである。
なんツーか、経歴すごくない?
祖父の墓参りに行く話になり、丁度母と二人きりになったので、その辺のことを聞いてみる。
なんでも祖母が、教育ママだったんだと。教育費優先で。
医学校にも行ける頭があったが行けなかった。
(そういえば祖母は女学校出だと聞いたような。ちなみに私は4人の祖父母の最終学歴をはっきりと聞いたことがない)
だから、叔父は二浪しているし、家族から医者が出るのを期待していた、とか。
母のピアノみたいなものか。親の期待は重いし、かなえられなかったら、少し心苦しい。
祖母が早くに亡くなって?と話が続くのだが、私の曾祖母の話なのだろうか、よく分からなかった(が聞き返さなかった)
祖母の家について、叔父と雑談していると、「××が死んだ。△△が入院したが、見舞いにも行かなくていいだろ。連絡なかったし。」「お前ら(私のこと)はいとこ同士でももうつながりないだろ」
「(おじさんの子どもが)帰らないからじゃないですか」と答えるが、
いとこズと会ったのは10年で2,3度がせいぜいである。たぶん結婚式には呼ばれないし呼ばないし、ハガキが来るかどうかも怪しい。
祖母が生きていた頃は、年に3度は顔を合わせていたものであるが、就職の失敗とかあると当然、無くても仕事が忙しくなると、なかなか会い辛くもなる。
さびしいが仕方ないものなのかもしれない。
やっぱり、住んでいるところが遠いと、近くの他人になる(私の場合それもいないが)
それから「俺、本を読んでいるんだ。××とか△△とか知らないか」と言われましても、全く心当たりがない。
「知りません」「推理小説は読んでないのか。何を読んでいるんだ」
「国際貢献のウソっぽいのとか、私は新書読みです」「新書というと、細長い奴か」
いざ、自分が何を読んでいるのか聞かれても思い出せないんだよね。
あとになって、「忘れられた日本人」を読んでるじゃん、今年の江戸川乱歩賞は「カラマーゾフの妹」でしたね、とかネタを思い出したのだが、少し悔しかったりした。