日記的メモ
ブログのネタ本は2本仕入れてあるが、勉強が予定のところまで進んでいないため、書く時間が取れない。
適当に、先日書いたブログの思い直しでも書く。
○夫婦子供二人以外の生き方が市民権を得るにはどうしたらいいのか
○運命があるか(人生の逆転はあるか)に関心はあるが、人格神(?)については関心がない。
婚外子とか知的障害者とか前科者とかってひとくくりにできるか考えていたら、サラリーマン以外の生き方の人にやさしい社会にできるかってことになった←あんまり関係なさそうだけど
「商店街はなぜ滅びるのか」と言う本を読んでいたら、村上春樹は会社勤めができそうにないから(?)喫茶店店主をしたという記述があり、今では自営業の生き方は選択肢にない気がする。
ノマドも一人一社長のするところだから、飯の食いっぱぐれが心配で、それなりの才覚を必要とするのも分かる。
でも、とびぬけた才能がなくても何とか組織に属さず食っていける世の中はもうないのかもともとなかったかのか。
生き方のモデルが一つだけの気がするのね。
結婚の手前に軽い解消しやすい契約、パックスがあったらなと思うわけだ。
会社の同僚に彼女を見られて、押し倒せと言われているのだが、無駄に責任感がある身としては、関係の変化も恐れてなかなか踏ん切りがつかない。
責任の負いかたが軽いものがあればと思ったり、それって同性愛者にも優しいってことだし←?
知的障害者にしても、前科者についてもそれっぽく居場所がないのは辛い。
非正規2人で子供を育てられるとかサラリーマン夫婦以外の生き方の幅を広げたら、もっと住みよくなると思うのだがって、本は政治は年寄りのほうが数が多いのでひっくり返しは無理と言う身も蓋もない結論が出ていた。
結局はドンづまりなんだけど。
神の実在条件を考えていたんだけど、私は神なんてあまり信じていないのね。
それこそ悪い意味でもいい意味でも奇跡を引き当てているので、人生の先の見えなさは身に染みている。
こんなジェットコースター人生をわざわざ設定した奴なんていないだろ。
意味が分からない。
ちなみに運命を切り開いてやるぜ!系統で、決められた運命があるならひっくり返したやるぜいなのだったのだが、ちょっち疲れたw
やりたいことがいっぱいあるけど、ブログを含めて諦めなければいけないかな、とか前向きに受け入れ始めているところである。
ああ、でもあと2年間は自由でいたいです。