神とは納得装置である その2

神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。

そして変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を与えたまえ。  

             ラインホールト・ニーバー

私が大学受験で落ちた時からモットーにしている言葉です。

変えられないものは受け入れろ。

ただし、何が変えられるか、変えられないか識別する能力は神様にしか分からない。

変えられるのか、変えられないのか、常に自問しつつ変えられるように努力しろ。

諦めたのなら冷静に受け入れろ。

でも、もしかしたら望みがかなった未来があるのかもしれないという未練は、思考なんて勝手にずらずら浮かんでくるものだし消し難い。

現実が受け入れられないことなんて腐るほどあるだろう。(と言いつつ自分はあまりない)

ここで神に祈るのは上位者が決めたこととして必死に納得しようとしているからだと思う。

そんな煩悶するときもこの現実とは違う現実を想像できる想像力が持てたということへの感謝の念は忘れないようにしたい。

私は大学に入るまで働かずに生きて行けるなんて選択肢があるなんて知らなかった。

この世でいちばん大事な「カネ」の話(新装版)

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を見たら、底辺から這い上がると言う選択肢すら想像できない人も地球上には存在するみたいだし。