釣りかいな?

天才として生まれて(http://anond.hatelabo.jp/20110714165023

高校時代まで、他人から見て自分は天才だったと思う。

歌とか運動とかは特にできないが、テストの点を取る才能はずば抜けていた。

具体的に言うと、学内偏差値が3桁あった。

高校は大学進学率99%の進学校だったから、周りが勉強が苦手ってわけじゃない。

 

自分で書くと自意識過剰に見えるけれど、特に高校時代、先生や同学年の生徒は

俺のことを特別なものとして見ていた。(と、同窓会で当時の先生にも言われた。)

その後、東大に入ってそこではとても気楽に楽しく過ごすことができたのだけど、

今から考えると「自分が特別な存在でない環境」はそこが生まれて初めてだったからだと思う。

 

あまり考えないようにしているのだけど、こういう奴を目の当たりにして、

周りはどう思っていたのだろう、とかたまに思ってしまう。

特に、学年2、3位くらいに休日は日に10時間は勉強するという奴がいたのだけど、

彼にとって俺はやっぱり嫌な存在だったのかな、とか。

だけど誰にだって「こいつには敵わない」って思う瞬間はあると思うので、

そう思えば考えすぎな気もするけど。

増田がこの後高校レベルは偏差値60だと言っていて、自分がちょうど偏差値55〜60ぐらいの高校(40〜60%が国立大学に進学する)出で、そこからするとちょっと変な感じも受ける。

ま、それはおいておいて。

敵わないやつがいる、というのは前提にして、それでも気になるのかどうかは別問題だ。

だって、自分が東大に入って敵わないやつと出会って、どういう気持ちになったか。

増田が特に何も書いていないってことは特にどうでもよかったんではないかと。

高校の同級生が一生懸命勉強していたとして、重みは違うかもしれないが、どうでもよかった可能性もある。

だって、上位5%は東大、国公立医学部レベルだし、それで満足できたかもしれない。

他人と比べるのではなく、自分のできたレベルで物を見ていたかもしれないし、単に勉強が楽しくてつづけて増田は視野に入っていなかったかも知れない。


(もちろん、同級生が嫌な奴だった可能性もあるが、それでも実は見かけとは違うという想像力は持っていたい)

で、自分がどう見られていたか、普通勉強ができたのとどう思われるかは別問題である。

増田は同級生の立ち位置に自分を置くことができない傲慢なやつだし、他人への洞察力が甘い。

特別視されていた輪の外側にそう思う人がいても不思議ではない。

ってゆうか釣りではないかと思う。自分は調子よければ生物で全国順位2ケタギリギリで、その時の偏差値は79〜84(81でも乗らないときあり)。

学内偏差値だと70〜75。

総合で成績良ければもっととびぬけた数字が来るかもしれないが、学内で100を超えるって、相当全国順位くる。

それでこういう文章を書くのか。

なんとなく「東京大学物語」はフィクションじゃない気がしてきた。読んでないけど。

商社に派遣されたくなってくる。(うちの社にはそういうルートがある)

こういう傲慢な学歴エリートがそのまま傲慢なままで逃げ切れる人生があるのか非常に興味がある。

どこかで化けるのか?