私の大事な場所

しかし、昭和二十年九月三十日の高見順の日記は、若いポーランド人にとって無縁の話ではなかったのである。


 昨日の新聞が発禁になったが、マッカーサー司令部がその発禁に対して解除命令を出した。
 そうして新聞並びに言論の自由に対する新措置の指令を下した。

 これでもう何でも自由に書けるのである!これでもう何でも自由に出版できるのである!

 生まれて初めての自由!


現に、数人の学生は私に対して全く同じような話をした。

「何でも自由に書けるのです!……生まれて初めての自由!」と嬉しそうに語ってくれたのだ。

高見順はその後さまざまの挫折を味わい、完全な自由は世の中に存在しないことを知った。

ワルシャワ大学の学生たちも、遅かれ早かれ同じことを知るだろうが、解放感が素晴らしいものであることに変わりはない。

ドナルド・キーンは「老人の叡智」といった感じだった。

自分もこういう年のとりかたをしたい。無理っぽいが。

逆にいえば、カラーが固定されて、意外な発言がなかった気もする。

その文章の雰囲気だけで酔えるが、読みたくなる気分までなかなか落としこめそうにない。

本屋に一、二冊いつも置いていれば、読みたい気分の時にサッと読めるんだろうけど、なかなか置いてないし、ちょっと縁遠い人になりそうである。

ただ、日本文学史は興味がある。

絶版になってもいいように、ジコジコ買い集めるか。

京都は霊的に選ばれた土地で、だから千年続いたのかも説は面白かった。

私の大事な場所 (中公文庫)

私の大事な場所 (中公文庫)

日本文学史―近世篇〈1〉 (中公文庫)

日本文学史―近世篇〈1〉 (中公文庫)