死ぬことと見つけたり 上

「武士の本分とは…」
父が云った。奇妙にもどこか楽しそうだった。
「殿にご意見申し上げて死を賜わることだ」

☆ 5.0コ

主人公が朝の習慣として、具体的に死ぬことを想像しているところから始まる。死んだつもりになると人間はどう行動できるか、また、生きるとはどういうことか浮き彫りになる。

登場人物のすがすがしさがまぶしいのだが、そのように自分が生きられないことも痛感する。そして、みっともない自分、死の恐怖を克服できない自分をいとおしく思え、泥の中を這いずり回って生きることに肯定感が生まれる。

自殺する前に読みたい本10冊(http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20070317/1174107589)のうちの一冊。

次々に問題が降りかかるエンタメ小説としても一級。ブログの頭に抜き出した台詞を、殿様に切腹を命じられ死んだ父ちゃんに言われた息子(主人公その2)が、殿の命で死ぬことを最終目的としつつ、それまで生き残ることを目的として次々襲い掛かる難問をどう解決していくのか。

いつも完全に死んだ気分で行動する主人公その1とのわずかな違いが楽しい。

だが、内容より気になるのはこの物語を書いた隆慶一郎の胸の内である。物語の前に戦争中兵に取られ、「死は必定と思われた。」ではじまる序文が挿入されている。死を前にして、これだけあっけらかんと明るい話を考えつつ、自身は死に対し、開き直れたのか。

この葉隠れの明るさと自身が置かれた状況の暗さの落差をどう処理したのか。いや、序文も奇妙に静かなんだけどさ。

前に読んだときにも☆5.0コだった本。ちょっと心配したが、今回も熱を感じられた本だった。

死ぬことと見つけたり 上 隆慶一郎 新潮文庫