オーガニックなイタリア 農村見聞録

オーガニックなイタリア農村見聞録―地域への誇り高き国に学ぶ

オーガニックなイタリア農村見聞録―地域への誇り高き国に学ぶ

慣行栽培だと露地キュウリは収穫開始から5か月栽培できるが、

有機JAS認証だと(化学合成でないもちろん例外はあるが効果の弱い農薬なら使える)2カ月で、無農薬だと収量が確保できるのはせいぜい2週間である。

栽培終了予定が3週間後だから、もう農薬散布はいい(枯れてもOK)だと判断して毎週の農薬散布をやめたら

2週間したら枯れ果てて、3週間たたずに切り上げる羽目になった。

農薬が収量を確保させ、人類の増加を支えてきたのだ。

有機栽培で収量が3分の一になるのなら、有機農作物は慣行栽培の3倍の値段で売らないと割に合わない。

もちろん消費者が有機栽培に払える金は慣行の1.2倍がせいぜいだというデータもあり、ま、そんな感じで、金出したくれなきゃ支えられるはずもない。

この本は、イタリアが有機農業が盛んだという話なのだが、補助金なくなったら減ったとか、でも実態は減ってないかも、2006年の時点でまた増えるんじゃないという意見有りだそうだ。

でも、生産者も有機農産物は値段が高くて買われないのがネックというのは認めていて、環境に優しい傾向のある、手ごろな有機認証で、と書かれてあって、なるほど。

この本の終りの方にもまとめられていて、日本にも最高峰の有機JASの他、農薬散布回数の少ない特別栽培とか確かにある。

一方で、海洋深層水使用とか、麦岩石(?)とか部会が独自で差別化を図ろうとして、多様な規格が氾濫し、返って消費者によく分からない事態になっている。

イタリアのワインは4種類の規格があるそうだが、日本の有機農業もばちっと国の方で4種類ぐらいぐらい決めて、それが消費者に周知されると、って、あんまり他力本願はいけないかな。


あと、4HC(農家若手の会)で飲んでいて、話の途中で顔を突っ込んで流れはよく分からなかったのだが、「それって農協の本来の役目じゃん」という言葉だけが聞こえてきて、

佐賀は一県一農協だったか、高知県もその流れにはある。

だけど、単一の規格、大量流通の裏で、おいしさで飛び抜けた農家が評価されない仕組みの壁があるような。

というところで、

「量販店への販売はトレーサビリティーへの配慮が必要で、記帳やその整理等のための負担が大変で対応は難しいが、農協を利用することによって販売が可能となり、また農協を通じて販売していることが自らの信用力にもなっています」と農協の役割を大変高く評価している。

と、なんで日本の農協はこれだけ悪く言われるのか、いい面をちゃんと大きな声でいえるように拾えるものは拾っていきたいよなー

理念を同じくする人だけで、組合を作るという道があってもいいんだろうな。

とか、他国のことを知ると、日本が多角的に見えて、勉強になるな。

県立図書館で「農業」で検索すると700件超。

36Pのうち23P目以降は1990年までの本だから読まないとして400冊、一日2冊としたら、1年で読み終わる。

中小企業診断士の勉強じゃなくて、こっちを優先させるべきだったかとも思った。

もっとも、TPPが始まった暁には、先進農家の相談相手になることが求められるだろうから、普通の経営支援をするところで修業できたら、とも思えて、ま、異動できるかどうかは分からないけど、勉強は無駄にならないとは思いたいところだな。