ガン病棟のピーターラビット(中島梓)

私は中二病をこじらせているので死に関心があります。追悼文で「死の匂いのする作家」と称された栗本薫の真価はいかに、でした。

読み終えて、ガンの闘病記の悲惨さを予想して読むと肩透かしでした。

栗本の文は死に対する葛藤がないのが特徴でした。

死の匂いがするという感じではなく、前向きな姿勢が崩れる瞬間がなかった。

それに、54歳というのに、自分の心は25歳のまま止まっているというfinalventさんの主張を裏付ける人が他にもいるような若々しい語り口です。

エッセイを読ませる力はさすが作家ですが、あんまり酸いも甘いも経験した過去が立ちのぼる重厚さがなく、ああ、そういう人生を送れる人もいるのか。

明るさの裏付けがあるなしで評価の分かれるところなんだろうけど、行間からは読めなかった。

そして私の生もそのうち終わるのでしょう。

それがいつくるのか、明日か、一年後か、五年後か万一それ以上の時間を貰えるのか、それは私には知るすべもありませんが、ただひとつ確かなのは、私は生きている限り、生きていることをとても好きだろうということです。

だけれども、死ななくてはならないときには、「まあ、しょうがないから死ぬしかないな」ということです。

葛藤の存在を感じさせずに書く。

どういう断念をしてきた人生なのか、気になる。死ぬことで失うものは何なんだろう。妄執のない人生は楽しいんだろうか。

人生に勝ち負けはないといいますが、淡白な人生観(というより未練のない人生)は勝ち組かも、とチラッと思いました。

未練って自然に生じるもので、未練があるのにないふりをするとどこかで歪むし、かといってある状態でいると苦しい。苦しんだって現状が変わらないのがまた苦しい。

はじめからない状態はうらやましいが、反面濃密に生きたといえるのか。

人からとやかく言われたくない、天命の部類でしょうな。犬にかまれて諦めろ。

ガン病棟ピーターラビット 中島梓 ポプラ文庫 2008